【猫のゴロゴロ音は健康にいい?】「骨に効く」は仮説止まりという話

生活

猫を飼うとストレスが減るらしい」「ゴロゴロ音には骨を強くする効果があるらしい」。

猫が大好きで日々そういう話を目にするたびに、ふと「これって本当なのかな」と気になってしまいました。

ネットで調べてみると、同じような話が紹介されている一方で、どこまでが確かめられた事実なのか、正直よく分からないまま広まっている情報も多い印象です。

せっかくなので、元になった研究をひとつずつ辿りながら、ゴロゴロ音にまつわる話の本当のところを自分なりに整理してみることにしました。

なぜ「ゴロゴロ音は骨にいい」と言われるようになったのか

そもそも、この話はどこから出てきたのでしょうか。

たどっていくと、きっかけとなった観察と、それを裏づけるとされた実験に行き着きます。

きっかけは「猫は骨折の治りが早い」という観察

発端は、猫が他の動物より骨折や怪我からの回復が早いという、経験則めいた観察でした。

この回復の速さの理由を探るなかで注目されたのが、ゴロゴロ音の周波数です。

根拠とされる「25〜50Hzの振動」実験の中身

「ゴロゴロ音は骨にいい」という話の根拠としてよく挙げられるのが、25Hz・50Hzの振動が骨の治癒を促進するという実験結果です。

まずは、この周波数と猫のゴロゴロ音がどう結びついているのかを見ていきましょう。

2001年、音響学者のElizabeth von Muggenthaler氏が発表した研究(The Felid Purr: A Healing Mechanism?, Journal of the Acoustical Society of America)では、チーターやピューマを含む44頭のネコ科動物の鳴き声を録音・解析し、いずれも25〜150Hzの強い周波数帯を持つことが確認されました。

この周波数帯が、まさに骨の治癒を促進するとされる25Hz・50Hzの振動と重なっている。
だからこそ「猫のゴロゴロ音は骨にいい」という話につながっていったわけです。

「25〜150Hz」とまとめて紹介されることの多いこの研究ですが、実際には種によって数値の出方に違いがあります。

論文で報告されている内容を種別に整理すると、次のようになります。

基本・優勢周波数補足
イエネコ25Hz・50Hz100Hzにも倍音があり、痛みや浮腫、創傷の治療に使われる周波数帯と重なる
サーバル25Hz・50Hz骨の成長・骨折治癒に最適とされる周波数と一致
オセロット25Hz・50Hz同上
ピューマ25Hz・50Hz同上
チーター該当なし他の4種と異なり、25Hz・50Hzのパターンには当てはまらない例外とされている

さらに、イエネコを含む3種では120Hz前後に倍音が確認されており、この周波数帯は腱の修復に使われる領域とも重なっているといいます。

「25〜150Hz」というひとくくりの数字の裏には、こうした種ごとのばらつきと、唯一パターンから外れるチーターの存在があることは、あまり紹介されていません。

実はウサギを使った人工振動実験だった

では、「25Hz・50Hzの振動が骨の治癒を促進する」という、根っこにあるこの実験結果自体は、どこから来ているのでしょうか。

ここでちょっと見落とされがちな事実があります。

実はこの結果、猫じゃなくてウサギを使った実験のものなんです。

He氏らが2017年に『Iranian Journal of Basic Medical Sciences』で発表した論文(Low-Frequency Vibration Treatment of Bone Marrow Stromal Cells Induces Bone Repair in Vivo, 20(1), 23-28)では、ニュージーランド産ウサギ40匹を使い、0・12.5・25・50・100Hzの振動を1日30分、4週間にわたって与える実験を実施。
25Hz・50Hzの振動を与えたグループで骨の修復が進んだことが報告されています。

ただ、この分野の研究をまとめたSteppe氏らのレビュー論文(2020年、Frontiers in Bioengineering and Biotechnology誌、Influence of Low-Magnitude High-Frequency Vibration on Bone Cells and Bone Regeneration)によると、健康な骨に対して振動が骨形成を促す効果はある程度支持されている一方、骨折治癒への効果については報告にばらつきがあり、最適な条件はまだ定まっていないとされています。

「骨密度アップ」説は、今どこまで分かっているのか

前章で紹介した実験は、あくまでウサギの骨を対象にしたものでした。

では猫のゴロゴロ音そのものについては、誰がどこまで確かめているのでしょうか。

提唱しているのは誰か

この仮説をたびたび紹介しているのが、カリフォルニア大学デービス校で獣医学を研究するLeslie A. Lyons氏です。米Scientific American誌のコラム(Why Do Cats Purr?)のなかで同氏は、猫のゴロゴロ音の周波数が骨や筋肉の治癒を促す可能性に言及しています。

猫のゴロゴロ音そのものを使った実証実験はまだない

重要なのはここからです。
この仮説を検証するために、猫の実際のゴロゴロ音を人や動物に聞かせて骨密度の変化を測定するような実験は、少なくとも公表された論文の範囲では見当たりませんでした。

もっともらしい仮説ではあるものの、確かめられた効果とはまだ言いきれない。
それが実情なのだと思います。

「仮説」と「効果あり」の間にある距離

ネット上の記事の多くは、この仮説の部分を省いて「ゴロゴロ音には骨密度を高める効果がある」と言い切ってしまっています。

仮説自体が的外れなわけではありません。
ただ、研究者がそう考えているという段階と、効果が証明されているという段階の間には、まだ距離がある。そのことは、知っておいて損はないはずです。

一方で、実証されているのはどの効果か

骨密度の話が仮説止まりだったのに対し、実際にデータを取って確かめられている効果もあります。

ここからはその内容を見ていきましょう。

ストレス軽減効果を確かめた実験

骨密度の話とは対照的に、ストレスへの影響についてはいくつかの実験報告があります。

京都先端科学大学の家村涼花氏による研究報告(猫のゴロゴロ音が人の精神状態に及ぼす影響)では、計算課題であえてストレスをかけた状態の参加者に、猫のゴロゴロ音(18Hzをピークとする音)とホワイトノイズ(60Hz)をそれぞれ聞かせ、心拍数の変化を比較しています。

また荒井翔子氏らによる店舗用BGMに最適な新規リラクゼーション音源の探索 猫のゴロゴロ音についての初期検討(情報処理学会研究報告エンタテインメントコンピューティング、2019年6月)がそれで、猫のゴロゴロ音とホワイトノイズを聞かせた際の心拍数の変化を比較する、同様の実験手法が報告されています。

猫好きでなくても心拍数が落ち着いた理由

これらの実験で分かったのは、ホワイトノイズを聞いたグループの心拍数がストレス負荷前後でほとんど変わらなかったのに対し、ゴロゴロ音を聞いたグループでは心拍数が明確に下がったという結果でした。

参加者が猫好きかどうかは条件に含まれていません。
つまり、猫への愛着とは関係なく、音そのものに鎮静的な作用が働く可能性がある。

これは、骨密度の話に比べると、実際のデータに基づいて語れる部分だと言えるでしょう。

同じ「ゴロゴロ」でも、意味が違う音がある

ここまでは「ゴロゴロ音」をひとくくりに扱ってきましたが、実は猫が出すゴロゴロ音には複数の種類があり、それぞれ役割が違います。

甘えている時と「要求している時」の違い

もうひとつ、意外と知られていないのがゴロゴロ音の種類です。英サセックス大学のKaren McComb氏らが2009年に学術誌Current Biologyで発表した論文(The Cry Embedded Within the Purr)では、リラックスしている時の心地よいゴロゴロと、何かを要求している時のゴロゴロが、音として明確に異なることが示されています。

要求のゴロゴロには380Hz前後の高い音が混ざっている

要求時のゴロゴロには、220〜520Hz、平均で380Hzほどの高い周波数成分が混ざっているといいます。

McComb氏らの実験では、猫を飼った経験のない被験者にこの2種類の音を同じ音量で聞かせたところ、要求時の音の方を「切迫している」「心地よくない」と感じる人が多かったそうです。

人間が赤ちゃんの泣き声に反応してしまう仕組みと似ている。
それが研究チームの見立てです。

皆さんの家の猫は、今どちらの音を鳴らしているでしょうか。

健康効果が期待できるのはどちらの音か

ここまで紹介してきた25〜150Hzの癒し効果や骨への影響が期待されているのは、あくまでリラックス時の低いゴロゴロ音です。

ごはんをねだる時の高いゴロゴロ音は、周波数帯も、猫が音を出す目的も別物になります。

「ゴロゴロ音ならどれでも健康にいい」わけではないという点は、見落とされがちなポイントではないでしょうか。

まとめ

ここまで仮説と実証を分けて見てきましたが、最後に全体を整理しておきたいと思います。

見てきた通り、骨密度への効果は今のところ仮説の域を出ていません。

一方でストレス軽減については、実験データに基づいてある程度語れる状態にあります。

誇張された謳い文句をそのまま信じる必要はありません。

骨密度のような分かりやすい効能に頼らなくても、日々のストレスにそっと寄り添ってくれる家族で、猫と過ごす時間はとても大切なものだと思っています。

皆さんにとって、猫と暮らす一番の理由は何でしょうか。

正直なところ、今回調べていくうちに、猫という生き物そのものがより愛おしく感じました。

怪我をしていても、出産の最中でも、ただ甘えている時でも、その時々でゴロゴロと音を鳴らし続ける健気さ。

仮説の真偽を確かめる作業のはずが、気づけば猫のたくましさに驚かされてばかりの調査になりました。

効果のほどはまだ分からなくても、その音に耳を傾けたくなる気持ちだけは、確かなもののように思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました